チャグチャク馬コ
in 南部盛岡
滝沢村・鬼越蒼前神社
チャグチャグ馬コって? |
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| みちのく岩手に初夏の爽やかな疾風が伝わる季節、チャグチャグと鈴の音も軽やかに、色とりどりの装飾を付けた100頭近くの馬コが馬の氏神を祀った御蒼前さまに集まってきます。 そして参拝を済ませた後、盛岡市内、盛岡八幡宮まで15キロの道程を行進します。 道中、岩手山を背景に、馬に付けられた大小の鈴から流れるチャグチャグという勇ましくもあり、賑やかに鳴り響く音色から、この名が生まれました。 チャグチャグ馬コは馬産地岩手の長い歴史に成り立っています。 奥六郡を支配した安倍氏は強力な騎馬軍団を誇り、平泉に黄金文化を築いた藤原氏は駿馬の産地として知られていた糠部郡(岩手北部から下北半島を含む青森県東部)の牧場から朝廷に馬を献上していました。 |
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| 源平合戦の花形となったのも岩手の馬と伝わっています。 「磨墨(するすみ)」 「池月(いけずき)」 は特に有名ですね。 鎌倉幕府が甲州の牧官だった南部氏をこの地方の領主にしたのも、馬産を盛んにするためだったと云われ、『吾妻鏡』には 「糠部駿馬」の記述があることからも、そのことが裏付けられています。 この地方を領地とした北条得宗家は糠部郡内に一戸から九戸まで九つの牧場を設置、甲州の牧官である南部氏を派遣して領地を治めさせ、馬産の振興に力をそそぎました。 今でもその名残は地名として残り、一戸から九戸まで、字や市町村名として継承されています。 |
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| 江戸期、南部藩の治世では「南部の九牧」の名が知られるようになります。 明治時代になると、岩手県では国策のもと県産馬の改良が進められ、農耕用とともに軍馬の主要供給地の役割を担うようになりました。 チャグチャグ馬コに最も多くの馬が参加したのは軍国主義が盛んな時代だったそうです。 その殆どは今のように飾り付けの無い鞍馬か裸馬でしたが、官民あげての愛馬行事としてもてはやされ、最高時には騎兵連隊の将兵達も加わり、三千頭も参加したといいます。 太平洋戦争終戦、日本の復興が進む中、チャグチャグ馬コを愛する人たちの復活を願う声が馬産家や馬コを愛する人たちから沸きあがり、昭和23年に「チャグチャグ馬コ保存会」が結成されました。 しかし、高度成長期を迎え、農耕馬が急激に減少、一時は23頭だけの参加という存続が危ぶまれる事態になります。 |
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| 伝統の祭りを絶やしてはいけないと昭和39年、盛岡市民の有志により「チャグチャグ馬コ振興協賛会」が発足、岩手国体が開かれた昭和45年には関係者の呼びかけで100頭の馬コが参加し、全国にアピールしたのです。 これがきっかけとなり、チャグチャグ馬コは一躍脚光を浴び、昭和53年1月には国の無形民俗文化財に選定されました。 平成8年には「残したい日本の音風景百選」にチャッグチャグ馬コの鈴の音が選ばれ、♪チャグチャグ♪という独特の音色が一層多くの人たちの共感を集める事になったのです。 |
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このチャグチャグ馬コは鬼越蒼前社から始まりますが、蒼前(駒形)の始まりについてはこんな伝説があります。 旧5月5日、滝沢村鵜飼の鳥谷部源右衛門がこの日、田圃の代掻きをしていると、馬が急に驚奔し、鬼古里(鬼越)の峠で立ち往生してしまいました。 すると雲中から 蒼前は駒ヶ岳に住み、農耕や地域開発に尽くしたので、死後、農耕神としてあがめらたと伝わります。 何時の頃からか里人は社を建て、毎年近郷農家の人々は一日仕事を休み、馬に飾りをつけ、早朝から勇ましく参拝して牛馬の無病を祈りました。 それが旧端午の節句、農耕に疲れた愛馬を癒す為に行なう風習となり、幕末には馬に小荷駄装束を着せて詣でる人が現れ、今日に伝わるチャグチャグ馬コの原型となりました。 このように、チャグチャグ馬コには愛馬への無病息災を願う人々の祈りが込められています。 |
| チャグチャグ馬コ 〜 素朴で華やかな世界 |
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| 07:00〜08:00 | 鬼越蒼前神社 | 蒼前神輿 | ||
| 07:30〜07:50 | 同神社にて | 滝沢駒踊り | ||
| 09:30〜 | 神社出発 | チャグチャグ馬コ大行進開始 | ||
| 13:55 着 | 盛岡八幡宮 | 終了 | ||
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神社集合、参拝 祭りの日が近づくと、家族は馬コの手をひいて足慣らしをしたり、いつにも増してブラシで毛並みに磨きをかけたり、蹄鉄の手入れをしたりと念入りに準備が進められます。 人と馬との深い愛情が、チャグチャグ馬コの晴れの日に最高潮に達するのです。 馬コも家族の接し方でそれとなく解るのか、開催日が迫るにつれてソワソワするそうです。ちなみに馬の種類としては、ペシュロン種にあたるそうです。 当日は早朝から家族総出で馬具や装束の取り付けが始まります。 鞍、鳴輪、むながい、しりがい、まびさし、鼻隠し、耳袋、はづな、おもがい、吹流し、垂れ布・・・ これらの装束は古式防具の名残をとどめていると云われ、民俗学的にも貴重なものだそうです。 |
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| 装束の配色はそれぞれの家で趣向が凝らされ、金具や鞍などをのぞき、昔ながらに家族の手で丹精に作られています。 いわばチャグチャグ馬コは手作りのお祭り、そして家族の一員として馬コと共に参加するものなのです。 乗り手は家族の稚児達・・・ 馬コと、もうひとつの主役は馬の背に乗る稚児達なのです。 途中、稚児は疲れて寝てしまう事が多いそうで・・・しかし、馬コから落ちないよう腰と足をしっかりと結んでいます(笑) |
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![]() 蒼前神社に集合する馬コ |
![]() 装束を付け終えた馬コの参拝 総ての馬コが参拝します |
チャグチャグ馬コ行列 |
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いよいよ15キロの行列が始まります |
パレードは鬼越蒼前神社から盛岡八幡宮までの約15キロ。 江戸時代ですと約4里の距離に相当します。 所要時間はおよそ4時間半・・・神社を出発した馬コたちは、のどかな田園風景へ踏み出します。 100頭前後ともなるとパレードの長さは500メートル以上にもなります。 田園の中、チャグチャグという鈴の音に蹄鉄の「コッコッ」という乾いた音が重なり合い、素朴な光景を目の当たりにします。 引き手である家族に導かれ、人馬一体、あうんの呼吸で歩き続けます。 沿道を埋めた観衆に向かってかわいらしい手を振る稚児へ、大人達も手を振り返します。 こんな心の交流が、このお祭りの魅力でしょう。 大人達の誰もが笑顔で手を振り、「がんばれ!」と稚児達に声を掛けます。 また、今年生まれた当歳馬も参加しています。 将来、このパレードに参加するために、今からその雰囲気に慣らしておくためのものだそうです。 やがて盛岡駅前に来ると、今までの田園風景とは違い、華やかさを増してきます。 商店街や官庁街を廻り、また、大通りでは自衛隊音楽隊やバトンフラワーなども披露、パレードが賑やかに繰り広げられます。 田園風景とはまた違った馬コたちを目にすることが出来ました。 しかし、都会の中であっても、観衆の大人達が馬コたちを優しく見守る笑顔に変わりはありません。 そして馬コたちは河川敷で休憩をとり、最後の一踏ん張り・・・ 盛岡八幡宮を目指します。 |
長閑な神社近くの光景 |
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愛想の良い外国人さん |
当歳馬が乳をおねだり |
盛岡市内では“華”に変貌します |
編笠が落ちてるぞ〜寝るなよ(笑) |
| 『渋民日記』から 〜 石川啄木 明治三十九年八月六日 六日は陰暦六月十七日で芋田にある村社駒形神社の祭典、所謂 「お蒼前さま」 であった。 夜の明けぬうちから近郷の若者が馬を駆って参詣する。 昔の戦絵にある様な、紫、紅、朱・・・様々の美しい飾を着た馬が鈴の音、嘶きの声、勇ましく暁の村路を急ぐ様は、さながら幾十年の歴史を逆上がりしたかのやうに感ぜられる。 乗り手は、或いはコアサク兵の様な立派な若者、或いは十二、三の児の初乗、或いは二十八、九の少女である。 若者は皆自分の馬の立派なのや、乗方の熟練などをいと誇りかに見せて行く。 駄馬に乗った恥かしさ腹立たしさに、無暗に鞭を加えて人中を走らせぬけて行くのもある。 日に焼けた顔に得意の笑を浮かぶる我が児の初乗に、あやまちあせらじと気を揉んで馬の跡追ふ農家の父、新しい単衣着て、紅白粉つけた新婦を乗せて、鈴の音清しく手綱とり行く若き夫、いづれは皆 「みちのくの詩」 である。 此日かかる馬は駒形の社前に幾百となく集まって来るのである。 この社は、其の昔、九郎判官義経が高館の城落ちて、表向きは死んだ風に装ふて潜かに北海へ落人となった時、其乗馬の斃れたのを葬むった所であるさうな。 されば今猶、その馬の足跡を刻んだ石がこの社に残って居る。 又、十町許り離れて武道の部落には、義経が一夜を明かしたといふ判官館といふのがある。 ・・・この日記にある 「お蒼前さま」 こそが、今に残るチャグチャグ馬コの原型だと伝わります・・・ |
| このチャグチャグ馬コを見て、不思議な感動を覚えました・・・ 鬼越蒼前神社で触れた馬コ・・・鼻面が柔らかくて、草を与えると喜んで食べてくれた。 可愛い乗手の幼児・・・笑顔満面の子もいれば、いやいやそうな子もいたなぁ。 滝沢駒踊り・・・“チャグチャグ馬コは〜よぉ〜♪” この声が今でも耳に残っているようです。 鈴の音と蹄の音・・・ちゃんがちゃんが 「ちゃん=鈴」 「が=蹄」 このように聞こえることから、チャグチャグ馬コと命名されたそうな。 稚児の笑顔・・・いつの時代になっても変わらない、その微笑ましい笑顔。それを見つめる大人の笑顔。 |
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お疲れさま 家族と共に参拝、行進・・・お疲れさま。 馬コも、乗手の稚児も、馬引きの父親、母親、兄弟一同さま。 時に、よく対人関係のもつれ、仕事などでのストレス、そんな理由で「鬱」になる人が昨今では多いと聞きます。 もし、そんな気分になった時・・・ 是非、このチャグチャグ馬コに触れてみて下さい。 日本人が持っている心・・・「人を思いやる道徳心」 きっとその心に触れ、何かを得ることが出来るかと思います。 |
このようなお祭りに接することの出来る日本に生まれて良かったです! |
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