饅頭屋の老夫婦
天正十年三月三日、武田勝頼は甲府まで立ち退いてきました
腹違いの兄 龍宝に最後の別れを告げるため 古府中の龍宝庵室に一泊することになりました
そのころ古府中の近くにある 堅町には 信玄以来お抱えの生菓子屋がありました
これは 勝頼が幼少の頃より 堅町惣右衛門の作る生菓子を親しんだといわれます
そんな時 一組の老夫婦が勝頼を訪ねてやってきました
さては何者かと 2人に面会しました「私ども年久しく甲府に住み慣れたものでございます
もちろんお目にかかったことはございませんが この年まで安穏に住めたのは お殿様の御恵みが深かったためでございます
この度 この戦でこうしてご苦戦なさるのが見るに忍びません
かといって刀を持てぬ私ども せめて家業が饅頭屋ですから これを食べていただこうと思って 心を込めて作ってまいりました
どうぞ御収め下さいませ」
勝頼は
「この戦に頼りとしていた者も5人去り 10人去ってしまう中 こうした心に接するとは 勝頼つくづく嬉しく思うぞ」
と さめざめと泣き 妻子 家臣にこれを分けて自らも食べて老夫婦の心を味わいました
勝頼夫人は惣右衛門夫婦が持参した重ね箱が空になると めくらめくばかりに輝く甲金をその数箱へぎっしりと詰めさせました
「さあ これはそちの忠義の心がけに対する褒美じゃ
万一 殿に武運の開ける御神助が得られなかったと聞き及ぶときは
長くその忠節の心を忘れずに 回向を頼みまするぞ」
と 北条氏(勝頼夫人)はそっと目頭を抑えました
「さあ その甲金を持ち 敵のこぬまに一刻も早く安全なところは逃れるがよい
随分とからだをいとおしんで 末永く仲よう暮らすがよいぞ」
勝頼もまた目頭を熱くして温かい言葉を添えました
夫婦は三拝九拝しつつ庵室を立ち 武田軍は石和の宿へと 暗い死出の行軍を始めました「こころして ご金を守り おん殿にもしやのと聞いたならば 永世に残る立派な五輪の塔をお建てもうし
夫婦で生涯 墓守りとなって供養しようぞ」
夫婦がこんな悲しい相談をしながら歩いているところへ 背後より後を追ってきた武田の雑兵が5旗忍び寄っていました
夫婦が甲金を受け取った事を知り その金に目がくらみ 主家を見捨てて脱走してきたのです
夫婦に 雑兵どもの槍が無情にもひらめき 突き出された槍の穂先に あえなく胸を一突きされてしまいました
「う う おのれらはこの甲金を奪う所存だな 不浄不忠のうぬらに この尊いご金を渡してなるものか」
こう叫ぶと 同じ恨みで死にきれず 手を伸ばして夫の方へ倒れこむ妻の手を取るのが早いか かたわらにあった井戸めがけて甲金ごと飛び込みました
雑兵どもは町人たちの家々を回って 綱を借り集め それをつなぎ合わせました
1人がそれを体に巻きつけ 合図をしたら引き上げてくれと 古井戸の底へ潜っていきました
ところがいっこうに合図どころか 綱はピクリとも動きません
引き上げてみると 雑兵は息絶えていました
2人目も3人目も同じ結果でした
「こいつはおかしい 井戸の中で何か起こったぞ!」
残る2人は 驚いて去ってしまいました
やがて 武田家が滅亡し 堅町の古井戸では黄金亡者が 相次いで死んでしまったと言う事です
このため 町役人たちの手で 古井戸は埋められてしまったのです
これはまた 有力なる甲金埋蔵説でもあるそうです
昔 八ヶ岳の麓の八ツ手に 「ぬけ八」 という貧乏な百姓がいました
彼の本当の名前は八作衛門と言いましたが 頭の働きがおかしかったので こう呼ばれていました
ある日 ぬけ八は村はずれのお宮の前で 一本の古びた竹筒を見つけました
日ごろ神様を信心していたぬけ八は 神様が授けてくれたと思いました
竹筒の中を覗いてみると中に紙が詰まっていて 出してみると
「この竹筒を鼻に当てて匂いを嗅ぐと 何でもわかる」
と ありました
家に帰ってぬけ八は 座敷の畳を嗅ぐと 昼間から寝そべった匂いがしました
おかみさんはぬけ八が一緒だと せっせと働きますが いないとまるで人が変わったように 昼間からごろりと寝そべっているのです
これを見抜かれたおかみさんは それから後 心がけのよい人になったそうです
また ある時 役人が村へ来て検地にやってまいりました
役人は庄屋の家で一休みして さあ仕事に取り掛かろうと 持ってきた縄で検地をしようとしましたが その縄がありません
役人は
「たしかに庭へ置いた 誰かが持っていったはずだ その者を出せ! そうでないと村人全員重い罪にするぞ」
と 怒鳴り散らしました
庄屋は青くなって捜しましたが どこからも出てきません
役人は
「誰かが俺たちの仕事の邪魔をして 年貢を少なくしようとしたのだな」
と 火のように叱りつけました
その時 ぬけ八が役人の前に進み出て
「役人さま 私が捜してごらんにいれます」
と 言ったかと思うと 竹筒をあてて嗅ぎ始めました
彼は柿ノ木につながれている牛のそばへ行って止まりました
「役人さま 犯人はこの牛でございます」
ぬけ八は竹筒でうすのおなかを指し
「嘘だとお思いなら 牛の噛み返しのとき お調べください」
ぬけ八の言った通り 噛み返しの時に 牛の口の奥を調べてみると 検地の縄がこなごなになっていました
「牛が食べたのなら仕方ない」
役人は 笑って許しました
庄屋をはじめ村人は八作衛門のおかげで助かりました
これ以降彼は村人から馬鹿にされなくなりました
ちょうどその頃 武田信玄の奥方が 訳のわからぬ重い病で寝込んでいました
ついにどうしょうもなくて 諏訪の殿様に相談をしました
殿様は役人から「鼻嗅ぎの八作衛門」のことを聞いていたので それを話しました
信玄は信じませんでしたが 何とかして奥方の病気を治したいので 八作衛門の鼻嗅ぎで調べてもらうことにしました
八作衛門は 信玄の奥方の病気まで当てる自信がなかったので 何回も断りました
しかし 殿様の頼みを退けるわけにもいかず とうとう甲州へ出掛けました
信玄の奥方の寝ているところに通された八作衛門は さっそく竹筒を鼻にかぶせて 奥方の体の周りを丁寧に嗅ぎました
長い間かかってから 八作衛門は深くうなずき
「お屋敷の中に人の骨が埋まっていて それが祟っております」
と 言いました
お屋敷の中の人の骨を捜すため 八作衛門は必死です
もうこれまでと 最後に巽門の脇を嗅いだとき はたと 手ごたえがありました
「ここだぞ ここだぞ」
と 躍り上がって叫びました
早速 骨は 家来たちによって掘り起こされました
土の中から本当に人の骨が出てきました
その骨は ほかの場所へねんごろに葬られました
すると信玄の奥方の病気は みるみるうちに快方へ向かい あっというまにすっかり元の体になりました
信玄は大いに喜んで
「そなたのおかげだ」
と言って 多くの褒美を与えました
八作衛門は八ツ手へ帰り 幸せに暮らしました