「武田音若丸」の墓とほら穴の話

(訂正:墓石と位牌にある、音吉丸は音若丸の誤りです・・・申し訳ありません)

 

 

津久井町又野の民家裏庭に、左に記された文面の墓石があるそうです。

このお墓、管理人は実際に拝見してはおりませんが、ちょっとイメージしてイラストしてみました。

このお墓について、不思議な言い伝えが残されています。

慶應四年・・・

ある日のこと、どういうわけか夫人の目が、突然、全く見えなくなってしまいました。

夫人は、あまりに突然の事だったので、悲しみのあまり何度も死のうと思ったそうです。

その度に思いとどまり、仏壇の前に座りお題目を唱えました。

「南妙法蓮華経、南妙法蓮華経・・・」

(私の眼も、仏さまにお願いしたら、いつの日か治るかも知れない。一生懸命仏さまにお願いしてみよう)

 

こうして、何日か過ぎたある日のこと・・・

夫人は何者かに取り付かれたように、フラフラしながら外へ飛び出しました。

そして、裏庭の片隅にかがみ込んで、地面を指し、

「どうかこの場所を掘ってください」

と、何度も家の人に頼むのでした。

 

「急に変な事を言いだして、困ったもんだ。頭が狂ってしまったのでは?」

家の者は誰一人として相手にしません。

しかし夫人は、真剣な顔をして、毎日必死になって家の人に頼むのです。

「この場所を掘ってください。この下には、大変なものが埋まっているのです」

さすがに、家の人もあまりに夫人が熱心に頼むので、そっと尋ねました。

すると、夫人は見えない両目にいっぱい涙をため、答えました。

「この下には、武田信玄さまの弟君の武田音若丸さまが、奥さまと一緒に眠っておられるのです。
その御遺骸と一緒に、音若丸さまが生前に帯びていらっしゃった藤原大掾兼弘(ふじわらだいじょうかねひろ)の鍛えた大小二振りの刀もあるはずです。
どうか、一日も早く、掘り起こして供養をしてあげてください。
このままでは、音若丸さまは永遠に浮かばれないのです・・・」

「そ、そんな話が・・・」

家の人達は夢でも見ているのではと、さらに尋ねました。

「武田音若丸さまは、弘治元年(1557)三月十三日に御年二十八歳で亡くなられているのです。
もし、嘘だと思うなら、上依知の妙伝寺を調べてごらんなさい。
きっと音若丸さまのことを書いた記録が、何か残っているはずです」

不思議に思った家人の長兵衛さんは、半信半疑で、上依知の妙伝寺まで、武田音若丸のことを調べに行きました。

 

妙伝寺の和尚さんは、長兵衛さんの不思議なお話をじっと聞いていましたが、しばらく考えた後で

「武田音若丸についての言い伝えは、確かに、このお寺にも残っていますよ・・・」

そう言って、お寺の本堂に置いてあった古い位牌を持ってきました。

これを見た長兵衛さんは、すっかり驚いてしまいました。

「和尚さん、本当にありがとうございました。やっぱり本当だったんですね。
早速、家に帰ったら、音若丸さまの供養をしてあげたいと思います」

長兵衛さんは、和尚さんに御礼を言ってから、又野村の我が家に帰って来ました。

そうして、親類や近所の人達に来てもらって、三日三晩かかって、裏庭の夫人が指で指した場所を一丈(約3メートル)余りまで掘り下げました。

すると、不思議な事に、その底にはポッカリと大きなほら穴が見えたのです。

人々は不思議に思いながら、なおも掘り進むと、大小二振りの太刀や経机、袈裟の輪、灯明台、人間の歯などが出てきたのです。

穴はまだまだ奥まで続いています。

その奥には、夫人の言うように、二体の仏さまが眠っているのかも知れません。

長兵衛さんは、気味が悪くなって穴掘りを止めてしまいました。

その二振りの太刀には、夫人の言うように、確かに藤原大掾兼弘という銘が刻まれていました。

鞘には金の飾り物がはめ込まれている、それは立派なものでした。

 

 

長兵衛さんは、この二振りの太刀を妙伝寺に納めて供養してもらいました。

また、穴から出てきた歯は、骨壷に入れてから地中深くに埋め、その上に墓石を建て、ねんごろに供養してもらいました。

それから間もなく、不思議なことに夫人の目はパッチリと開いて、元のように物が見えるようになったのです。

この事があってからというもの、長兵衛さんの家では、毎年、音若丸の命日には、音若丸の位牌を飾り、供養を怠らないと言うことです。

その後、お寺に納められた太刀は第二次大戦に軍に徴用されました。

いまはどこにあるか、全く見当がつかなくなってしまったとのことです・・・

 

この音若丸の墓石の側には、玉照稲荷が祀られ、言い伝えによるとこの玉照とは 「玉照姫」 という名前で、音若丸の奥さまか、あるいはそれに近い人ではなかったかといわれています。

 

管理人のひとこと

武田信玄関連でいうと、薬師さまとかの伝説がよく見られます (三河鳳来寺、瀬谷善昌寺・・・等)

このお話も、薬師さまではありませんが、眼病に関係するお話と、武田信玄のお話が見え隠れしているようです。

薬師さまは眼病平癒とかの信仰がありますよね。

この「武田音若丸」の墓とほら穴の話も、まるっきり嘘ではないような気がします。

みなさんはどう感じられますか?

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